2026年通常国会への提出が調整中の著作権法改正案を解説。レコード演奏・伝達権の新設により、アニメ楽曲を含む日本の音楽が海外で使用されれば実演家・レコード製作者が初めて対価を得られるようになります。
【注記】 本記事執筆時点(2026年5月)において、著作権法改正案は国会提出・審議中の段階です。最新情報は文化庁ウェブサイトをご確認ください。
6/18追記
6/17参院本会議で可決され、成立しました。
カフェなどで流れている曲の使用料は誰に渡っているのでしょうか。
実は現行の著作権法では、店舗BGMの使用料は作詞家・作曲家(著作権者)にしか届かない仕組みになっています。歌っている歌手も、演奏しているミュージシャンも、CDを制作したレコード会社も、店舗BGMからは1円も受け取れないのです。
この50年以上続いてきた「空白」を埋める著作権法の改正案が、いよいよ動き出しています。
そもそも、なぜ歌手に使用料が届かないのか
著作権法は、音楽に関わる人々を大きく二つに分けて保護しています。
- 著作権者:作詞家・作曲家など「楽曲を創った人」→ 著作権で保護
- 著作隣接権者:歌手・演奏家・レコード製作者など「楽曲を伝えた人」→ 著作隣接権で保護
著作権法第22条(演奏権)および第23条第2項(公の伝達権)は、著作権者が楽曲を公の場で演奏・再生させる権利を専有すると定めています。そのため、JASRACが商業施設から使用料を徴収し、作詞家・作曲家に分配する仕組みが機能しています。
一方、歌手やレコード会社には、市販CDや配信音源が店舗で再生されることに対する権利が現行法上存在しません。放送局がCDを使用する場合の「二次使用料」(著作権法第95条・第97条)は認められていますが、それは放送に限られた話です。
500㎡以下の店舗がJASRACに支払うBGM使用料は年間約6,000円。この金額はすべて著作権者に分配されます。
なぜこうなったのでしょうか。1970年の著作権法全面改正時には、「著作権法附則14条」という規定が存在し、適法に録音されたCD、レコード、その他の録音物を公に再生しても著作権侵害にならないとされていました。実演家に演奏権を与えると附則14条との矛盾が生じるとして、権利の創設が見送られたのです。
附則14条自体は1999年の改正で廃止されていますが、実演家への権利付与はその後も実現しないまま今日に至っています。
「レコード演奏・伝達権」とは?
2026年の通常国会への提出が調整されている著作権法改正案の核心は、「レコード演奏・伝達権」の新設です。
ホテル・レストラン・イベント会場など「公の場」で商業用レコード(CDや配信音源)を再生・伝達する際に、実演家(歌手・演奏家)およびレコード製作者が使用料を請求できる権利を創設するというものです。
「許諾権」ではなく「報酬請求権」である点が重要です
注目すべきは、新設される権利が「報酬請求権」として設計されている点です。
- 許諾権:利用そのものを禁止できる強い権利
- 報酬請求権:利用は認めるが、対価を受け取れる権利
店舗の営業を止めないための政策的配慮といえます。権利者と利用者のバランスを意識した、現実的な設計です。
徴収・分配の仕組み(案)
- 文化庁長官が指定する管理団体が使用料の料率案を作成
- 業務用BGM配信サービス事業者との包括契約(「元栓処理」)などによる徴収
- JASRACなど既存の管理事業者との連携も検討中
- 法案成立後、施行までに約3年の準備期間を設ける方向
海外との相互主義とアニメ楽曲の問題
今回の改正が必要とされる最も重要な理由の一つが、国際的な相互主義の問題です。
1996年に採択された「実演及びレコードに関するWIPO条約(WPPT)」は、商業用レコードが公の場で利用される場合に実演家・レコード製作者への報酬請求権を認めるよう求めています(同条約第15条)。日本はこの規定への留保を行ってきました。
相互主義とは何か、具体的に説明します。
現在、世界142の国・地域でレコード演奏・伝達権が導入されています。しかし日本にこの権利がないため、それらの国で日本の楽曲が使用されても、その国は日本側に対価を支払う法的義務を負いません。
つまり、海外のレストランやホテルで日本のJ-POPが流れていても、歌手にも演奏家にも、レコード会社にも、1円も届かない構造になっているのです。
アニメ楽曲に与える影響
この問題は、アニメを中心とした日本のコンテンツが世界的に人気を集めている今、特に深刻です。
アニメの主題歌や劇伴音楽は、海外のアニメイベント会場・飲食店・商業施設で日常的に再生されています。「鬼滅の刃」「呪術廻戦」「進撃の巨人」といった大ヒット作品の楽曲が世界中で流れているにもかかわらず、実演家やレコード製作者が得られる対価は限定的でした。
レコード演奏・伝達権の導入により、日本が相互主義に基づいて海外からの対価還元を受けられる法的根拠が初めて整います。日本のアーティストの海外進出を後押しする制度的インフラとして、今回の改正の意義は大きいといえます。
| 権利者 | 改正前 | 改正後(案) |
|---|---|---|
| 作詞家・作曲家 | 店舗BGM使用料あり | 変更なし |
| 歌手・演奏家 | 店舗BGMからゼロ | 報酬請求権あり |
| レコード製作者 | 店舗BGMからゼロ | 報酬請求権あり |
| 海外での楽曲利用(実演家・レコード製作者) | 相互主義により対価なし | 相互主義に基づき対価請求可 |
賛否の論点──小規模事業者への影響をどう考えるか
もちろん、すべての関係者が改正に賛成しているわけではありません。特に小規模事業者への負担増は、重要な論点です。
推進側の主な論拠
- 50年以上続いた不公平の是正
- 国際条約(WPPT)との整合性の確保
- 相互主義により海外からの対価還元が可能になる
- 142か国・地域で導入済みの国際標準への合流
- アーティスト収入の構造的改善
懸念・反対側の主な論拠
- 小規模飲食店・小売店・美容室など小規模事業者の追加負担
- 音楽の利用を避ける「音楽離れ」の懸念
- 徴収コストが分配額を上回るリスク
- 著作権使用料(JASRAC等)に加えた「二重払い」への抵抗感
- 中小事業者への周知・対応コスト
小規模事業者への配慮策
文化審議会の報告書案は、小規模事業者には支払いの免除や減額措置を検討するよう求めています。また権利を「許諾権」でなく「報酬請求権」に留めた点も、店舗の営業を妨げない配慮として評価されています。
ただし、免除・減額の線引きをどこで引くかは難問です。利用規模・業種・収益性など多様な基準が考えられ、公平性と実効性のバランスをどう図るかが問われます。
使用料の水準設定は、今後の交渉・決定プロセス次第であり、この点が改正の成否を大きく左右するといっても過言ではありません。
これまでの経緯と今後のスケジュール
この問題は、決して新しいものではありません。半世紀以上の歴史があります。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1970年 | 現行著作権法全面施行。附則14条により実演家への演奏権付与を見送り |
| 1996年 | WIPO実演・レコード条約(WPPT)採択。日本は報酬請求権規定に留保を宣言 |
| 1999年 | 著作権法附則14条を廃止。ただし実演家への権利創設は引き続き見送り |
| 2009年〜 | 韓国・中国・シンガポールなどアジア各国がレコード演奏・伝達権を導入 |
| 2023年 | 文化審議会著作権分科会政策小委員会にて正式に議題化 |
| 2025年 | 文化庁が小委員会を設置し年内に方向性を取りまとめ。パブリックコメントを実施。報告書案を公表 |
| 2026年(現在) | 政府が通常国会への改正案提出に向けて調整中 |
| 2029年頃(見通し) | 法案が成立した場合、3年程度の準備期間を経て施行・徴収開始の見通し |
アジア地域をみても、韓国は2009年、中国は2020年(2021年施行)、シンガポールは2021年に改正によりレコード演奏・伝達権を導入済みです。日本はアジア諸国においても遅れをとっている状況にあります。
日本の著作権法の展望
今回の議論は、単に「使用料の分配先が増える」という話にとどまりません。日本の著作権制度が、デジタル化・グローバル化した音楽流通の実態に即した形へと組み替えられていく過程の一部です。
今後の論点として、以下の三点が重要です。
① 徴収インフラの構築
新たな権利を創設しても、実際に使用料を集めて権利者に届ける仕組みがなければ機能しません。業務用BGM配信業者との包括契約による「元栓処理」、JASRACなど既存管理事業者との連携、電子決済を活用した効率的な徴収システムの構築が急務です。
② 利用者との合意形成
小規模事業者への配慮は必須ですが、免除・減額の基準設定は容易ではありません。権利者団体と事業者団体との協議が難航することも予想されます。政府による調整が重要な役割を果たすことになるでしょう。
③ AIと著作権の交差点
生成AIによる音楽制作が普及する中、実演家の「声の権利」や「演奏スタイルの保護」という別次元の問題も浮上しています。レコード演奏・伝達権の整備は、AIによる実演の複製・再利用に関するルール形成とも密接に絡み合います。著作権法全体のアップデートという大きな文脈で捉える必要があります。
おわりに
半世紀以上にわたって見送られてきた「歌手・演奏家への使用料還元」が、ようやく法制度として動き出そうとしています。
アニメをはじめとする日本のコンテンツが世界中で消費される時代に、その制作に携わったアーティストへの正当な対価を届ける経路を整備することは、文化産業の持続可能性という観点からも重要な意義を持ちます。
一方で、小規模事業者の負担増という現実的な問題も直視しなければなりません。今後の国会審議と、施行に向けた使用料水準の設定プロセスを、引き続き注視していきたいと思います。
(参考)主な関連法令・資料
- 著作権法(昭和45年法律第48号)第22条・第23条・第95条・第97条
- 実演及びレコードに関するWIPO条約(WPPT)第15条
- 文化審議会著作権分科会政策小委員会報告書案(2026年)
- 文化庁「レコード演奏・伝達権に関する参考資料」
